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○黄島からの手紙

iwojima




やっと見ることができました。
日本のほぼ最南端に浮かぶ島で
61年前に玉砕した日本軍が
お国のため、家族のため、天皇陛下のために
どのような道を選んだか・・・・・

陸相時代の東条英機が言い残した『戦陣訓』
つまり「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」の言葉の通り
自決を選んだ者もあれば
最期まで戦う姿勢で陥落した山から洞窟を進み逃げ延びて
別の隊に合流した者もあり
また米軍の捕虜と、わずかな時間、心を通わせた場面あり
そして、投降しながらも銃殺された場面もありました。

結論としては、「敗戦」なわけで
ネタバレも何もないのですが
日本兵の死者よりも多い敵国の戦死者を出すあたりが
渡辺謙役の栗林陸軍中将の地下要塞という秘策であっただろうと思います。


さてさて、本来なら
ガリガリにストーリーや感想を書き述べたいところでございますが
戦争って何? 玉砕ってどーよ?? 生き延びるってどんな勇気??
などなど、σ(・・*)アタシにはとてもできない
つか、もしその当時に生まれていたら
σ(・・*)アタシはきっと志願兵になっていたかも、とか
「恥知らず」と言われたら(-_-メ)ムカッときて
(ノ`△´)ノナニー!!と言って上官を殴り倒していたかも、とか
Σ(゚ロ゚;ハッ!? σ(・・*)アタシは前線には行けないし・・・とか
ちょっと洗脳気味なので
これ以上の記事は控えさせていただきます。

軍規に縛られ、お国のため、家族のためって言われ
一世帯で一人は赤紙だぞって言われたら
σ(・・*)アタシは子供の代わりに自分が戦地に行きます。

((-_-。)(。-_-))ウンニャ
やっぱ行かない!! 戦争はダメ!!って項目に○をつけます。

(-_-;ウーン だけど、み~~んなが出兵したら
息子だって行かざるを得ないわけで
そしたらσ(・・*)アタシも枯ひめゆりとして行く!!

Σ(- -ノ)ノ エェ!? な~に言っちゃってるの???
戦争は違憲 国家がつぶされても
唯一の被爆国日本はノーモア広島・長崎って唱えて参戦しませんよね。

でもでも万が一・・・・ε=( ̄。 ̄ フゥ やめよっと。。。

ってことで
混乱してしまうので、しばらくこの手の記事は書かないようにしましょう








と、言うのが映画の感想です(謎)
なんだコイツ?? と、お友達が去っていきませんように。。。


テーマ : (´・ω・`)
ジャンル : 日記

コメント

お早うございます。^^

この映画は私も是非観たいと思っております。
私も今後の日本はどうあるべきか、現在 どの道を選択しようとしているのか、考えるほどに思いは千々に乱れます。

混乱の最中でございましょうから、お返事は期待しないことにしますからね。

真面目に考えて苦しんでいるお人を置いて、去ってなどいきませんよ!

出来ればあまり思い出したくないのに・・

この映画で、また当時の子供心を思い出します。
硫黄島も陥落し、銃後は本土決戦に備えさされていました。
いざの場合は切腹せよとも。お腹を切るのは痛いなと真剣でした。
LP魔女さんの素直な感想に感銘を受けました。

>muuminさん

この映画を観た方の多くは
「あれは日本で作るべき映画だ」という感想をお持ちのようです。
σ(・・*)アタシもそう思いましたが
それは二の次で、
まず、愛国心=戦争には繋がらない人間としての平和義務が重いなぁと感じています。

いろいろ思うところは多々ありますが
一つだけ気になることろは
ネタバレになりますからあまり詳しくは書けませんが
ある人の台詞で
「意志を貫き通せば、それはいつか真実となる」みたいな事を言っていて
それは良い意味での解釈として普通にサラリと扱われていたので、まぁ良しとするところですが
でもσ(・・*)アタシには、
実はその考え方こそが戦争の引き金ともなり得る発想なんじゃないかと危惧してみたり・・・

そんなわけで、muuminさんがご覧になったら
また是非感想を聞かせていただきたいと思います。

さっそくのコメントありがとうございました。
(´▽`) ホッ

>アスカパパさん

「銃後の守り」・・・(^・ェ・^)(^._.^)ウンウン そういうことなんですよね。
国家総動員として戦う事を義務付けられたあの当時の環境を思うと恐ろしいですね。
でも、お国がそういう国策を選んだのですから
国賊となる勇気を持つことがどれだけ勇気のいることか

また、勇敢に戦って散る当時の美談を
現代ではナンセンスだと言えますが
当時は真剣にそう思っていたでしょうから
この映画や「男たちのヤマト」や
他の多くの戦争映画の一場面にもあるように
「○○○○万歳」とか何とか叫ばずにはいられなかったでしょう。
もしその時代に生きていてσ(・・*)アタシにそれができただろうかと・・・・

まぁ、「もし・・・」とか「・・・れば」を語るのは
それこそナンセンス、生産性のない思考であるとは思いますが。。。

御真影を掲げる時代が再びおとずれないことを祈っています。
TBありがとうございました。
こちらからも貼らせていただきますね。

酔っぱらい来ました!

rakuさんの思われたことが本当の母親の気持ちでしょうね。

私は学生時代にぶらぶら生活していたら、
「いい若いモンが情けないねぇ。
戦争があったら兵隊に出すんだけれどねぇ」
と母親に言われました!
v-40

>JJ さん

戦争を知っている時代(ある意味知らない世代でも)では
そういう日常での会話は当然ありえますよね。

領土や資源や宗教に関する戦いだけでなく
企業でも人間関係でもスポーツでも
とにかく戦いと名のつくものは
根底に流れる仕組みに大差は無いと思います。

価値観や環境の違いだけでも様々ですから
冗談で言ってられる時はいいですが
突き詰めて考えると眠れなくなってしまいます。

と言いつつ、今日は寝坊してしまいましたが(^^ゞ
そしてまた何も考えずに仕事に行かなければならないわけです。


Secre

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硫黄島からの手紙

 太平洋戦争当時、銃後にあって衝撃を受けた言葉は「玉砕」である。最初にこの言葉が新聞に発表されたのは、1943年、山崎部隊長以下アッツ島守備隊の玉砕であったと記憶している。 その翌年、硫黄島守備隊の玉砕が報ぜられた。この映画にも出てくる栗林忠通中将の「国の為

東条英機

東条英機東條 英機(とうじょう ひでき、新字体で東条 英機、1884年7月30日(戸籍上は12月30日) — 1948年12月23日)は、日本の大日本帝国陸軍|陸軍軍人、政治家、第40代内閣総理大臣(1941年10月18日 - 1944年7月18日)。階級位階勲等金鵄勲章|功
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